ひとこまコラムリターンズ 第54走者

あまいお菓子とにがい記憶   2023/03/03更新

『和菓子のアン』


『和菓子のアン』
 坂木司【著】
 光文社
(2010/04)

 美味しそうな表紙とタイトルとは裏腹に、この作品と共によみがえるのはほろ苦い思い出です。
 「これ、よかったら」返却本と一緒に渡されたのは、薄紫色の小さな紙袋。中に入っていたのはバラの花を模した上生菓子でした。本を読んで自分も和菓子が食べたくなった、と話す男子生徒を前にして、未熟な学校司書は大いに焦り、困惑してしまいました。学校司書ってこんなこともあるの?もともと、面白い本はないかと尋ねられて私が差し出した本だったため、そのお礼の意味もあったようです。受け取ってよいものか迷いながら、手持ちのおやつと交換することで自分を納得させました。
 冷静になって思い返してみれば、「薔薇」という和菓子は作品に登場したお菓子でした。中身を見たときに思い至っていれば、どんなに話が盛り上がったことでしょう。物語から現実へと世界がつながる場面にせっかく立ち会えたのに、自分の動揺に囚われて関わるチャンスを逃してしまうとは!この時、「もらっていいの?」ではなく「よく見つけたね!」と言えるようになりたいものです。
 様々な方面にアンテナを張ることが重要だとわかっていても、毎日反省ばかりです。この本の主人公であるアンちゃんも、和菓子販売の仕事や人付き合いの難しさに悩んでいます。職種は違っても、彼女のように目の前の人に真剣に向き合うことから始めなければいけませんね。

<はら>

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