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学校概要

 本校は明治41年に県立第四中学校として発足しました。約30,000名の卒業生には、ノーベル物理学賞受賞の小柴昌俊(中32期)、文化功労者の島田章三(高5期)、オリンピック金メダリストの猪熊功(高8期)、元内閣総理大臣の小泉純一郎(高12期)など優秀な人材を多数輩出しております。現在も「自学自習・自主自律」の伝統の下、文部科学省より「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定を受け、神奈川県より「学力向上進学重点エントリー校」、「理数教育推進校」の指定を受けました。現在、高い能力を持った生徒達が日々学習に励んでおります。

学校長より 沿革 教育方針 在籍生徒数 施設紹介 

校章

 

校章1

 

 明治41(1908)年4月14日、県立第四中学校として開校した本校は「中」の字を四つ寄せて校章とした。

校章2


大正2(1913)年3月11日、校名改称、県立横須賀中学校となった。当地は関東武士ゆかりの地であったので校章は尚武の掛詞「菖蒲」の花を上から見て図案化した。小と大の花弁はそれぞれ「ヨ」「コ」のカナ文字でもあり、「中」の字と合わせて「ヨコ中」を表す。和田義三教諭のデザインで第二代河邊平校長の時に制定された。

校章3

昭和23(1948)年4月1日、学制改革により高等学校となり、「中」を「高」に改めた。
 

校歌 

 本校が旧制中学から新制高校に変わったときに、新しい校歌が制定されました。しかし、旧制中学時代の校歌は応援歌としてしばしば使われ、現在も歌い継がれております。

 

校歌(新制高校)

歌詞原作 ・ 三和義彦
歌詞補修 ・ 三好達治
作曲   ・ 團伊玖磨

一、

天がける白雲か
日に新た我らの望み
はてしなき青空よ
ここにして道を学ぶと
記恩ヶ丘に我らつどひぬ
いざさらば道の友垣
誉ある歴史のうへに
新しき行手を求めん

二、

学び舎の窓清し
ここにして我らの願ひ
高く秉る灯火よ
その光明るく冴えて
記恩ヶ丘に絶ゆることなし
いざさらば道の友垣
明日よりはさらに励まん
かへらぬ日今日を惜しみて

三、

朝あけは近づけり
人の世に生きゆく力
若き日の情熱よ
さしのぼる朝日子のごと
記恩ヶ丘に光はみてり
いざ往かん道の友垣
風そよぐ緑の園を
二つなき思ひ出として

 

校歌(旧制中学)

歌詞・高野辰之
作曲・信時 潔

一、

坂東武者の名を留めし
衣笠城址西にして
四辺寸土も史蹟なる
我が学校よ地を得たり

二、

獅子吼のあとの法塔に
剛健努力慕ひつつ
記恩ヶ丘に上りては
報本反始誓ふなり

三、

潮風荒き此処にして
健児我等は身を鍛へ
遠き彼方に目をやりて
常に望みに生くるなり

四、

思出多き此処にして
健児我等は義に勇み
愛と敬とを持ちつつ
常に力に生くるなり